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TAMEKIYO通信から

<原爆は「やむをえなかった」の意味>

65年前の今日、広島に原爆が投下された。8時15分とされている。3日後には長崎にも原爆が投下された。

「国体護持」を利用したトルーマン
現在、翻訳作業を進めているウィリアム・イングドール『完全支配・金融編』(原題:GODS OF MONEY, WALL STREET AND THE DEATH OF THE AMERICAN CENTURY)に、米国にとっての原爆投下の意味が記述されているので、それを紹介しておきたいと思う。

実は、後に機密解除された文書によれば、ポツダム会談(1945年7月17日~8月2日)開催前の段階で日本は、天皇護持の条件さえ確保されれば、降伏の意思があることをアメリカに通告していた。トルーマンも、日本に降伏の意思があることをよく知っていた。(略)

天皇が日本社会の要であり、米国の占領統治に必要不可欠だったことを考えると、トルーマンがポツダムで日本の「無条件降伏」に固執したのは、わざと降伏を先延ばしし、原爆投下を正当化するための巧妙な策略だったと解釈されている。このタイミングと、その後機密解除になった文書から、この解釈の信憑性は高くなっている。日本の降伏申し入れを妨害し、戦争終結のためには原子爆弾が必要というフィクションを作るには、「無条件降伏」を要求する方法しかなかった。

恐ろしい核兵器を実際に使った後、トルーマンは、「アメリカの若者十万人の命を救うため」に、軍の助言に従って行動したまでと主張した。だが真相は、全世界(特にスターリン)に対し、アメリカのパワーは想像を絶するほど怖ろしいことを見せつけることが目的だった。広島・長崎への原爆投下は、日本を脅すためではなかった。日本は既に屈していたのである。本当の目的は、アメリカの軍事力を誇示し、ソ連を圧倒することだった。この原爆投下が、米ソの「冷戦」のまさに「第一弾」だった。

要するに米国の意図は、ソ連のスターリンを威嚇することにあったということだ。もちろん、結果的にはたった4年後の1949年にソ連も原爆開発に成功している。米国の上層部から原爆の技術がソ連に流されたのである。従って大きく見れば、広島・長崎への原爆投下は、「冷戦」と原爆業界の利権を生み出す演出だったと解釈できるだろう。

引用文中にあるように、日本が天皇護持という唯一の条件を出さなければ、トルーマンは米国民に対し原爆投下をもっともらしく正当化・説明することが困難だった。そういう意味では、1945年末時点で、広島14万人(人口40万人)・長崎7万人(人口24万人)と正確に人数の把握すらできていない死者を始め、負傷者・罹災者、その後亡くなった方は、天皇を維持するために犠牲になったわけである。

その件について、1975年に昭和天皇は次のようにコメントしている。

この「やむをえなかった」という言葉には、いろいろ解釈の余地がある。

まず、天皇の護持(国体護持)という言葉が、昭和天皇個人の存命を意味するのか、天皇制というシステムの継続を意味するのかを考えなければならない。マッカーサーとの会見で「自分の身はどうなってもよい」と言ったと伝えられるのが本当ならば、昭和天皇には自身の命を守るという発想はなかったことになる。父祖(皇祖皇宗)から継承した天皇という仕組みを護持するためには無条件降伏するわけにはいかず、「やむをえなかった」と解釈できる。

次に、米国が占領統治を進める上で、天皇を必要不可欠な便利な道具だと思っていたことを知っていたかどうかである。日本の降伏は、「無条件」だったのか否かという論争がある。

日本政府は、8月9日の御前会議で「国体の護持」を条件に宣言の受諾を決定し、8月10日に連合国に中立国を経てその旨を通告した。翌11日、米国政府は「日本の政体は日本国民が自由に表明する意思のもとに決定される」とし、また「降伏の時より、天皇及び日本国政府の国家統治の権限は降伏条項の実施の為其の必要と認むる処置を執る連合軍最高司令官に従属する(subject to)」と回答した(「バーンズ回答」)。

ウィキペディア 「ポツダム宣言」

このバーンズ回答の解釈は、米国側に天皇を廃止する気はさらさらなかったことを前提に読めば、意味はよくわかるだろう。いずれにしても、原爆を落とす前と後で、米国が日本の「国体護持」の条件を認めるかどうかの方針を変えたということはありえない話だ。「日本国民が自由に表明する意思」=民主主義という詭弁で、連合国が何でも好きなようにできるという曖昧さを確保しつつ、何となく天皇の存続を匂わせて安心させるのがバーンズ回答の趣旨だろう。とにかく米国は原爆を落したかったのであり、原爆を落とし終えた後だから、戦争は収束させてよかったのである。

天皇はなぜ「偉大」か
英米が大好きだった昭和天皇は、その辺の事情をいろいろ知っていて「やむをえなかった」とも解釈できるわけである。明治天皇は嫌々授与されたという逸話があるが、明治以降の歴代天皇は、ガーター勲章を授与され、イギリス王室の序列に組み込まれている。

日英同盟の関係から1906年に明治天皇が東アジアの国の元首として初めて贈られ、以後の歴代天皇も授与されている。大正天皇は1912年、昭和天皇が1929年にそれぞれ叙勲されたが、第二次世界大戦中は敵国となったため昭和天皇の名前が騎士団の名簿から抹消され、バナーも撤去された。しかし、1971年10月のイギリス訪問時に復帰し、今上天皇も1998年のイギリス訪問時に他国の王室に授けられる“Stranger Knights and Ladies”のガーター勲章に叙せられた。

ガーター勲章の外国人への叙勲は、原則としてキリスト教徒であるヨーロッパの君主制国家の君主に限られており、ヨーロッパ以外の国の君主や非キリスト教徒の君主に対しては、その国がイギリスと特別な関係にあり、政策上特別な事情がある場合に限り例外的に贈られている。

かつては国王や女王と血縁関係にある外国貴族、あるいは皇太子や摂政にも授与されていたが、エリザベス2世が即位して以降は君主という条件に関して例外はない。また、共和制国家の大統領に対して贈られた例はない。

非キリスト教徒への叙勲は1902年にペルシャ皇帝モザッファロッディーン・シャーに対して贈られたのが最初であるが、以後日本の天皇以外で非キリスト教徒の外国君主が叙された例はない。また、エチオピア皇帝ハイレ・セラシエ1世が退位により団員資格を喪失した1974年以降は、ヨーロッパ人以外でガーター騎士団員に叙されているのは日本の天皇のみである。

ウィキペディア 「ガーター勲章」

最近、オバマが訪日したとき、天皇に召使いのようにお辞儀をしたことが話題になっているが、普通に考えると彼らの序列の中で、オバマよりも天皇が格上だったということに過ぎないだろう。それをもって喜んでいる人々は、イルミナティの序列の中で上位にあることを誇らしいと思っているのだろうか。政治や経済の世界で表に出て活動しているレベルの人間であれば、例えば、デービッド・ロックフェラーのような人間であっても、天皇より格下の可能性はあるわけだ。実態はどうか知らないが。

スポンサーに忠実だった天皇
日米戦争については、いろいろ解釈の余地があるわけだが、天皇というものが基本的に時の権力者に媚びへつらう存在に過ぎないことを最も明瞭に示した事件が、昭和11年(1936年)の二・二六事件である。

二・二六事件のスローガンに「尊皇討奸」とあるが、これは東北地方を中心とした農村の困窮の原因は、天皇を取り巻く政治家や財閥が「奸」であり、そうした「暗雲」を取り払い天皇の親政が実現すれば、社会問題も解決すると、純粋に信じていたのである。

英国流の立憲君主を理想としていた昭和天皇は、滅多に政治に直接介入しなかったとされるが、自らの政治的意見を表明した数少ない事例がこの二・二六事件だった。

(2月27日)午後0時45分に拝謁に訪れた川島陸相に対して天皇は、『朕ガ最モ信頼セル老臣ヲ悉ク倒スハ、真綿ニテ朕ガ首ヲ締ムルニ等シキ行為ナリ』『朕自ラ近衛師団ヲ率ヰテ、此レガ鎮定ニ当タラン』と強い意志を表明し、暴徒鎮圧の指示を繰り返した。

ウィキペディア 「二・二六事件」

このように事件当時34歳だった昭和天皇は、蹶起将校たちを逆賊と決めつけ、自ら鎮圧するとまで言っている。天皇にとっては、困窮する国民よりも、財閥など権力者が大事だった。一考するまでもないぐらい自明なことだったのである。そうした既得権益を守るためであれば、躊躇なく青年将校ら17名を処刑した。

昭和11年7月12日に15名の処刑が実行された直後、磯部浅一は獄中の日記にこう記している。

八月十日 天皇陛下は十五名の無双の忠義者を殺されたのであろうか、そして陛下の周囲には国民が最もきらっている国奸らを近づけて、彼らのいいなり放題におまかせになっているのだろうか、陛下 われわれ同志ほど、国を思い陛下のことをおもう者は日本国中どこをさがしても決しておりません、その忠義者をなぜいじめるのでありますか、朕は事情を全く知らぬと仰せられてはなりません、仮りにも十五名の将校を銃殺するのです、殺すのであります、陛下の赤子を殺すのでありますぞ、殺すと言うことはかんたんな問題ではないはずであります、陛下のお耳に達しないはずはありません、お耳に達したならば、なぜ充分に事情をお究(きわ)め遊ばしませんのでございますか、なぜ不義の臣らをしりぞけて、忠烈な士を国民の中に求めて事情をお聞き遊ばしませぬのでございますか、何というご失政ではありましょう。こんなことをたびたびなさりますと、日本国民は 陛下をおうらみ申すようになりますぞ(略)

 陛下 日本は天皇の独裁国であってはなりません、重臣元老貴族の独裁国であるも断じて許せません、明治以後の日本は、天皇を政治的中心とした一君と万民との一体的立憲国であります、もっとワカリ易く申し上げると、天皇を政治的中心とせる近代的民主国であります、さようであらねばならない国体でありますから、何人の独裁をも許しません、しかるに今の日本は何というざまでありましょうか、天皇を政治的中心とせる元老、重臣、貴族、軍閥、政党、財閥の独裁の独裁国ではありませぬか、いやいや、よくよく観察すると、この特権階級の独裁政治は、天皇をさえないがしろにしているのでありますぞ、天皇をローマ法王にしておりますぞ、ロボットにし奉って彼らが自恣専断を思うままに続けておりますぞ。

 日本国の山々津々の民どもは、この独裁政治の下にあえいでいるのでありますぞ。陛下 なぜもっと民をごらんになりませぬか、日本国民の九割は貧苦にしなびて、おこる元気もないのでありますぞ。(略)おそらく陛下は、陛下の御前を血に染めるほどのことをせねば、お気付きあそばさぬのでありましょう、悲しいことでありますが、陛下のため、皇祖皇宗のため、仕方ありません、菱海は必ずやりますぞ。

 悪臣どもの上奏したことをそのままうけ入れあそばして、忠義の赤子を銃殺なされましたところの陛下は、不明であられるということはまぬかれません、かくのごとき不明をお重ねあそばすと、神々のおいかりにふれますぞ、いかに陛下でも、神の道をおふみちがえあそばすと、ご皇運の涯てることもござります。



八月二十八日 竜袖にかくれて皎々不義を重ねてやまぬ重臣、元老、軍閥等のために、いかに多くの国民が泣いているか。

 天皇陛下 この惨タンたる国家の現状を御覧下さい、陛下が、私どもの義挙を国賊叛徒の業とお考えあそばされていられるらしいウワサを刑務所の中で耳にして、私どもは血涙をしぼりました、真に血涙をしぼったのです。

 陛下が私どもの挙をおききあそばして、「日本もロシヤのようになりましたね」と言うことを側近に言われたとのことを耳にして、私は数日間気が狂いました。

 「日本もロシヤのようになりましたね」とははたして如何なる御聖旨かにわかにわかりかねますが、何でもウワサによると、青年将校の思想行動がロシヤ革命当時のそれであるという意味らしいとのことをソク聞した時には、神も仏もないものかと思い、神仏をうらみました。

 だが私も他の同志も、いつまでもメソメソと泣いてばかりはいませんぞ、泣いて泣き寝入りは致しません、怒って憤然と立ちます。

 今の私は怒髪天をつくの怒りにもえています、私は今は、陛下をお叱り申し上げるところにまで、精神が高まりました、だから毎日朝から晩まで、陛下をお叱り申しております。

 天皇陛下 何というご失政でありますか、何というザマです、皇祖皇宗におあやまりなされませ。

二・二六事件獄中日記 磯部浅一(菱海)

この文に、私は非常に深い悲しみと憤りを感じるが、リアリスティックに冷淡な言い方をすれば、「信じた者がバカだった」のである。我々日本人は、これ以上、天皇に振り回されるのはやめなければいけない。原爆投下が「やむをえなかった」という発言の真意も、このあたりから汲み取るべきだろう。

天皇制の批判というものは、共産党の天皇制廃止論を嚆矢として、左翼陣営の専門分野であるが、私はこれを民族派の立場で書いている。天皇は日本人の敵なのだ。

皇族には腐敗臭しか感じないことを、私は20年以上前に気付いていたが、それを敢えて公言することは控えていた。言っても無意味だと思っていたからである。しかし、そろそろ公言することに意味がある時期に来ていると感じている。

日本の中心は富士山でよい
民族派の諸氏に申し上げたいが、くれぐれも二・二六事件の二の舞にならないよう注意していただきたい。天皇は英米の序列に組み込まれている。天皇を崇拝することは、英国王を間接的に崇拝することになり、決して日本の民族主義ではありえないのだ。西洋人もキリスト教の呪縛から脱却し始めている。日本人もいつまでも寝ぼけていてはいけないのである。

現実を直視しなければならない。今の天皇も、国事行為や宮中祭祀というパフォーマンスでごまかそうとしているが、そんなものでごまかされてはならない。三島は週刊誌天皇制と言ったが、天皇は、マスコミの道具であり、私の大嫌いな芸能界の頂点でもある。

天皇は、日本文化の中心であるという考えもある。そもそも中心は必要なのかという議論もあるが、日本人としての「思い」を集める中心が必要ならば、例えば日本一高い富士山で十分ではなかろうか。富士山であれば、誰しも美しいと感じる。外国人でさえ美しいと感じる。人間を崇拝するよりよほど健全だろう。

日本人が天皇に呪縛されている限り、日本にも地球にも未来は無い。

参考
これまで天皇制の廃止論といえば、左翼的な「下から目線」のものしかなかった。だが、天皇が支配者ならば、その支配パワーを与えているのは、我々日本国民である。では、なぜそもそも天皇に国民の「思い」が集中するようになったのか、MAHAOさんのブログ「幻の桜」にある以下の二つの記事を是非読んでいただきたい。いわば「上から目線」の天皇抹消論である。

あまてるくにてるひほあかりくしだまにぎはやひみことの墓 

http://ameblo.jp/nami-sakura/entry-10575257533.html

冬は嫌い 春が近すぎるから 

http://ameblo.jp/nami-sakura/entry-10596388412.html

現在の天皇にガーター勲章を授与したエリザベス女王の名は、「リザード」(トカゲ)の「バース」(生まれ、血筋)という意味らしい。猫はバリバリと噛み砕きながらトカゲを食べる。

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