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アングロサクソンのインチキ3

第4:米国発金融危機に対する我が国の対応

「国際金融秩序の維持」という看板を掲げ、米国金融資本を積極支援しているのは、我が日銀と東京三菱UFJ銀行だけではなかろうか。またしても「旦那のしりぬぐいを妾がさせられる」という構造だ。

バブル崩壊による金融危機が我が国を襲った1990年代、米国は我が国の銀行に「時価会計」なるルールを押しつけた。息も絶え絶えになっている金融機関の首を締め破綻に追い込み、濡れ手に粟の大儲けをした。

10月1日日本経済新聞・夕刊は「米、時価会計適用を緩和。証券化商品、損失処理先送り容認」と題する記事を掲載した。我が国の金融危機場面では「時価会計」を押しつけ首を絞めた米国が、米国の金融危機では「ルールを変更する」というのだ。米国の有利になるよう自在に「ルールを変更する」というのだ。

米国は「ダブルスタンダード」と批判されてきた。現在「ルールは米国の都合で自由に変える」と宣言した。そして、厚かましくも「日本の協力、今後も期待。米財務次官、政策協調を強化」(1日付け日本経済新聞・夕刊)というのだ。

このような自分勝手な米国を世界はどのように見るであろうか。おそらく「覇権国家の資格なし」と感じるのではあるまいか。ドイツ財務相が憤るのも当然である。我が国の中川昭一財務相は多くを発言していないが、心境はドイツ財務相と同じではなかろうか。問題は、どこまで「米国の要請」を押し戻すことができるか?に絞られている。

(前置きが長くなった。本筋に戻す)

第1.シュタインブリュック独財務相が「アングロ・サクソン型資本モデル」と批判した背景

2チャンネルでは「ドイツ財務相は社会民主党員で、もともと反米・親露派である」とか、「いや、社会民主主義者でも英国のブレアなど親米派は大勢いる」とかの議論がなされている。国家の介入を最小限に抑え「自由主義市場経済」を標榜してきた米国型経済システムと、国家の積極介入を主張する社会民主主義経済システムとは視点が異なる。だから、ドイツ財務相が「自分の尻を拭わない米国に腹を立てる」のは当然ではある。

筆者は時々「アングロ・サクソン型略奪資本主義」といって批判することがある。なぜ、「自由主義的市場経済」という用語を使用しないかというと、「略奪的・詐欺的金融資本」がアングロ・サクソンの民族的体質に根ざしていると考えるからだ。アングロ・サクソンは、かっては軍事力で世界を威圧し、その後は「自分に都合の良いルールを世界に押しつける」ことで利益を独占し世界に君臨した。

シュタインブリュック独財務相がいう「アングロ・サクソン型資本モデル」というのが何を意味するか不明であるが、おそらく筆者の考えと共通する点が多いのではなかろうか。つまり、アングロ・サクソンの「自国の利益が第1、他国はどうなってもかまわない」という厚かましさに腹を立てたのだ。


第2.シュタインブリュック独財務相があえて「アングロ・サクソン」という言葉を使用した心理を読み解く

米国型資本主義と日本型資本主義の比較検討を行う場合、筆者は民族を自覚することはない。だが、「アングロ・サクソン型詐欺的・略奪的金融資本主義」という用語を使用する場合筆者は「日本民族としての自己」を意識している。シュタインブリュックがあえて「アングロ・サクソン」という言葉を使用したのも、彼自身「ゲルマン民族」という自己意識があったのではなかろうか。

ゲルマン民族であるドイツ人は、第一次・第二次世界大戦で2度もアングロ・サクソンに敗北した。この心理的外傷体験はゲルマン民族の深層心理に深く刻まれている。日頃は「倫理や理性によって抑圧し、心の奥深くに沈潜させている」怨念が、環境の激変などで抑圧機制が弱まり、意識の表面に出現する。

シュタインブリュックは「いつになく厳しい口調で・・」というから、日頃は温和な話し方をするのであろう。だが、米国の厚かましい態度を見て「堪忍袋の緒が切れた」のであろう。抑圧していた「アングロ・サクソンに対する怨念」が、一気に噴き出したというべきである。

第3.シュタインブリュック独財務相の民族意識

ソビエト連邦崩壊による冷戦の終結は、共産主義の終焉を意味しただけではない。ロシア、中国、ベトナム等が資本主義市場経済に参入したから、さまざまな資本主義国家の類型が誕生した。その最たるものが「共産党独裁政権+資本主義」の中国である。資本主義国家の多様な類型が資本主義の枠組を溶解させた。

社会民主主義、修正資本主義、国家資本主義などの類型化が意味を持たなくなった。資本主義のアノミー化が進んだ。「世界を切る」新たな基準が求められている。「文明の衝突」の著者ハンチントンは、宗教を単位とする「文明」という概念で世界を分析した。「帝国以後」の著者エマニュエル・トッドは、原理原則のないマキャベリスティックな世界を描いた。

20世紀を支配したイデオロギーが影響力を失った現在、何が世界を動かすかといえば「伝統への回帰」しかあるまい。「民族(部族)や宗教」だけが国家を統合する基礎になるはずだ。「価値観や経済ルール」は時々の都合で変更されるから国家を統合する力にはならない。

ドイツは社会民主党とキリスト教民主同盟の2大政党が大連立を組んでいる。思想・信条の相違を乗り越え、ドイツ国家を共同運営している。ドイツは思想対立よりも国家・民族の繁栄を優先した。

共産主義や社会民主主義は本来「インターナショナル」な性格をもっている。であるから、社会民主主義者であるシュタインブリュックが「アングロ・サクソン」という用語を使って英米を非難するのは信条に反するはずだ。だが、彼は「あえて」アングロ・サクソンという言葉で米英金融資本を非難した。シュタインブリュックは、ゲルマン民族である自己存在を自覚し始めたといえるのではないか。

我が国ではドイツのナチス党やイタリアのファシズムのような一党独裁政治は生まれなかった。国民大衆が熱狂する政治は生まれなかった。いつの間にか、徐々に戦争の深みにはまった。最後の数年は「戦時体制下」であったから、国家統制の下、無理矢理熱狂させられた傾向がないとはいえない。

ドイツの場合は、ナチス党が国民多数の支持を得て合法的に政権を奪取した。ナチス党の組織・宣伝活動が他党派を圧倒していたとはいえ、いろいろな価値観を持っていた大衆を取り込み大きな流れを作った。ナチス党は偏屈な民族主義者の小政党から出発、次第に無党派層、社会民主主義者、無政府主義者並びに共産主義者などを陣営に巻き込みながら多数派になった。そして独裁政権を合法的に樹立した。

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